探し続ける意味。

あることについて考えるとき、そのことについて原因を探り理解したいと思う。そういうことは私にとってあるいは、誰かにとってごく普通のことである。

とりわけ私は物事をはっきりさせたい質である。

曖昧なことがわかる時もある。言葉にしにくい感情や、自分しか気付けない様な変化、ほとんど空想とのつながりの様な感覚をつかめる時、それは私の中でしか存在し得ない。誰かと共有できることは日常生活ではなかなかない様に思う。でもそれは愛すべき瞬間でとても心地がいい。

しかし、時に私にとって曖昧なことは苦痛である。

前に進めなくなってしまう様な時さえある。

細やかな感情を好むのに、それ自体に悩むのだ。

人には繊細な感情、感動に揺さぶられる魂がある。とても素晴らしいことだと思う。

しかし、複雑な感情を持つ時もあるだろう。

頭の中が混乱している時、全てをはっきりさせたくなる。終わった物語に続きを描く未来はその時点で私には存在しない。

何かを続かせながら、私の中でうまくバランスをとることが難しく、自分自身のことを棒に振りかねないのだ。

私が、そんなことを考えることは誰も望んではいないだろうし、うまく感情を手放して生きていくことが必要だとわかっている。理屈では。

なかなか飲み込めない。

でも、この様々な感情の名前や置き場所、生かし方を探し続けてきた。なぜなら私にとって私自身は未知であるし、それは私の世界でもあるからだ。

”表現すること”それは必ずしも他者に求められてすることではないと考える様になった。

これは自分の中でも大きな変化だと思う。

いろんな段階を踏んでもなお、初期衝動にい続けられることがある一つの才能なのではないか。

考えを巡らせる中でそういう答えに至る。

探し続けるという選択をし、変化を恐れずにいたい。

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